サザンとブルーハーツ(主にヒロト)に関して、「メッセージ性」について考察してみた
| サザン | ヒロト系 | |
|---|---|---|
| 初期 | メッセージ拒否 | メッセージ全開 |
| 晩年 | 控えめに語る | 言語化をやめる |
| 手法 | 皮肉・比喩・余白 | 衝動・叫び |
| 聞き手 | 考えさせる | 感じさせる |
サザンの初期を知ってる人はあまりいないかもしれないけども、ほとんどの曲、歌詞に意味なんて全くないww
ほんま笑えるほど意味はない。当時の桑田さんは、とにかく言葉遊びっていうか、日本語を洋楽的に聴かせるってのにハマってて、まぁエロい言葉もすんげー多用してるんだけど、それに全く意味はなくって、言葉の響きで遊んでるだけ。
でも晩年、ファンの年齢層も幅広がり、いわゆる「国民的ロックバンド」になってしまったせいか、そんなに多くはないけどメッセージ性のある曲も書くようになってきた。
例えば、
・ピースとハイライト
→このピースは、平和を現わす英語のピースをさりげなく指している
・平和の琉歌
→タイトルに平和って入っちゃってるよww
・love korea
→これはサザンではなく桑田さんソロ曲だけど、皮肉とともにメッセージ性も多大にあり。
・東京VICTORY
→「東京」という言葉自体にすでにメッセージ性があるし、「みんな頑張って~」と唄ってるけど、別に勝利至上主義ではない。
一方ブルーハーツ。
僕のブログを見てくれてる年代の方なら、結構な確率で一回はブルーハーツにはまってる可能性が高いんじゃないかと思うんですが、デビューアルバムと2ndアルバムに限っていえば全曲メッセージの塊。
「戦闘機が買えるくらいの金ならいらない」
「劣等生でじゅうぶんだ。はみ出し者でかまわない」
などなど。
とにかくもう、ブルーハーツはこの2枚のCDが強烈。強烈すぎる。
そしてどうなっていったか。
Train-Train等の名曲を残しつつも、だんだんと本当の初期ほどのメッセージ性は消えていく。
そしてハイロウズとなる。これは、ぬけたドラムとベースが、変な新興宗教に入ったのを皮肉って、「入ろうず」となってるわけだけど、メッセージ性はやっぱり減っていき、ただ、ヒロトとマーシーはほんとロックな人なので、「衝動」で書かれた曲がほとんど。
クロマニヨンズになった現在も、「衝動」や「叫び」でぶっぱなし続けている。
代表曲
「タリホー」→歌詞に意味なんてなんもない。叫びたいだけ
「エイトビート」→8ビートを賛美するだけ
というわけで、冒頭の表ができあがりました。
こんな、性質の全く違った2つのバンドを同時に今も好きで聞いてるという僕はおかしい?
たぶんおかしくはなく、結構いるんじゃないかな?理由はよくわからないけど。